地域包括ケアシステムとは?



Ⅰ.〈地域包括ケアシステム〉とは何だ!

 はじめに、2025年問題、あるいは今後の日本社会にとって避けることのできない最大の課題である超高齢化、少子化社会の到来、そしてその対応策の具体化として全国をあげて〈地域包括ケアシステム〉の計画、そして実施が声高に叫ばれている。
 例えば、近々では来年度の診療報酬改定では目玉として新たに「地域包括診療料」あるいは「地域包括診療加算」、病棟など新たな概念を作ることをもって医療を・治療を病院から在宅への政策誘導を強めている。
 また、全国どこかの場所で毎日「地域包括ケアシステム」とは何だとの講演会、講習会が開催され、それは国単位から県、町、村、自治会単位まで、いまや介護・医療領域ではそれの大合唱である。
 また、役人・政治家・学者たちは今後の福祉政策を語る場合、必ず巻頭言としてそれを語り、その扱いは〈地域包括ケアシステム〉と形容すればなんとなく福祉、医療政策に精通しあたかも今後の課題を解決するかの印象を与える代名詞として使用されている。
 だが、私はこのごろ流されてくるこの〈地域包括ケアシステム〉なる言葉をつぶさに見てはいるが、今の所「さっぱり」理解ができないのである。そこで私なりにこの言葉の点検作業をしてみようと思います。



Ⅱ. 〈地域包括ケアシステム〉の概念はどのようにして固まってきたか

 まず言葉としては、2003年高齢者介護研究会(座長・堀田力さわやか福祉財団理事長)「2015年の高齢者介護・・・高齢者の介護を考えるケアの確立について」と題する報告書の中ではじめて使用されたと言われている。その後、厚生省のお役人たちはことある毎にそのイメージを強く語り始めたのであった。
 例えば、2012年の診療報酬改定時に時の課長は『今後の高齢者は有料老人ホームやサービス付高齢者向け住宅のような集合住宅に入ってもらい、そこで医療や介護をつけて対応するしかないと思っています。さらに、医療と介護のネットワークとしてのシステム、「医療から介護へ」「病院・施設から地域住宅へ」あるいは新たな効率的な事業の再構築としての「地域支援事業」・・』などとあるべき課題を次々と語り想定する今後の対策を語りだしたのであった。その後、国への諮問的機関として「地域ケア研究会」(田中滋 慶応義塾大学大学院教授)による「今後の検討のための論点整理」として平成24年から始まる第5期介護保険事業計画の計画期間以降の医療・介護・福祉の一体的提供(地域包括ケア)実現に向けた検討が開始されたのであった。
それによると2025年問題を乗り越えるため、介護が必要になった高齢者も住み慣れた自宅や、地域で暮ら続けられるように「医療・介護・介護予防・生活支援・住まい」の五つのサービスを一体的に受けられるサービスが必要であり、そのサービス提供体制を「地域包括ケアシステム」とよぶ、と位置づけられ言葉が定義化されたのであった。



Ⅲ. 〈2025年問題とは何だ〉

 2025年は団塊の世代が75歳以上となり高齢化がピークとなる年であり、2009年から2025年の間に高齢者人口が2901万人から3635万人と25%の増加が推計され、要介護(支援)認定者が755万人と61%の増加が見込まれる。それに加え75歳以上の後期高齢者人口の伸びは58%と高くなっていく。
 また、単身または高齢者夫婦のみの世帯は2005年には851万人2025年には1267万人となり全世帯に対する割合は66.6%を占めるほどになる。またそれにも増して75歳以上の単独世帯数は402万世帯で全世帯数の37.1%をしめ2005年と比較すると104.5%増となる。
 また、認知症の高齢者数は2002年には65歳以上の人口比にして6.3%の149万人であったものが2025年には323万人(国人口比で9.3%)に急増。
 この対象者の増加には当然、財政問題に直結するのである。さまざまな推計数字があるが、その代表的なものは2013年の後期高齢者人口は1554万人、2025年には2307万人が推計され、そののび率は48%の増加。それを単純計算すると2013年に於ける医療・介護・年金等の社会保障費は29兆円であり、それを人口比の伸び率48%で計算すると48兆円。この数字はその時の一般税収が48兆円と推計され、なんと同額を占めるのである。
 このような社会構図は当然、日本全体の産業構造、地域構造、家族構図等すべてにわたる社会構造の変化が要求され、その変化に対応する構図の構築の必要性を強調するのは当然のことなのである。
 「医療、介護、介護予防、生活支援、住まい」の5代要素を含んだ‐社会構造の新たな構築‐それが「地域包括ケアシステム」を必要としている要素である。
 このことを前提として厚労省は、包括ケアシステムの計画づくりのガイドラインを発表している。それによると保険者である市町村や都道府県が地域の自立性や主体性に基づき、地域の特性に応じ作り上げることが重要であると計画作りの主体を位置づけ、市町村は3年ごとに介護保険事業計画の策定・実施を通じて地域の自立性や立体性に基づき地域の特性に応じた仕組みを必要としますとガイドし、その推進組織として「地域包括支援センター」としその運営を審議し決定するのは「地域ケア会議」としている。
 以上のような構図を現在示しており、運営のイメージを描くために全国のモデルケースを何例か提示している。
「地域包括ケアシステム」をとりまいているのは今まで述べた要件である。2025年問題が解決をしなければならない最大の課題であることは確かなのだが、その解決手法は未だ不明確で、現在明確になっているのは計画は各自治体、あるいは生活域で作成するとのことだけである。
このことが私どもにとって「地域包括ケアシステム」を分かりづらくしている主因なのかもしれない。



Ⅳ. 〈医療制度改革と地域包括ケアシステム〉

国の社会保障費の3分の1を占める医療費の改革なしには2025年問題の解決はありえない。その意味で「地域包括ケアシステム」問題はそもそも「医療制度改革と一体」であった。それは「地域包括ケアシステム」と「医療サービス提供体制の制度改革」として一体的に考えられてきたのである。その結果、医療・介護の一体的改革として医療は高度急性期への医療資源の集中投入、そして在宅医療の充実、地域包括システムの構築とのテーマとその実施が計画されるに至ったのである。
具体的にはテーマとして第一に病気になったらとして、急性期医療、亜急性期、回復期・リハビリ病院、かかりつけ医等のそれぞれの位置づけ、またそれを元にしたネットワーク化。第二に退院したとして「地域包括システム」のネットワークが図示され、システム全体のイメージができるよう計画の原案としているのである。



Ⅳ‐2.〈生きた地域包括ケアシステム作りとは〉

 従って、そのシステムは、地域の各医療諸機関ならびに各種介護施設等の有効利用のネットワーク化のため、当然各地域の特性が色濃く反映されるのであろう。具体的には国が示すコンセプトの元に各自治体、あるいは各地域の特性に応じることになるのであろう。
 「地域包括システム」作りはそのようなプロセスの通過を国が示している現状故に、現在それぞれの地区、地域における「地域包括システム」の解決が生まれそれぞれに語られているのであろう。それぞれの地域包括センターは実質的には「誰が中心を担うか」によってちがってくると思われる。「在宅介護支援センター」が担う「医師会」や「市町村」がそれぞれの地域で力の有る集団が、あるいは個人がリーダーシップをとり、それを中心としたネットワーク作りが現実的に一番有効な「地域包括ケアシステム」となることなのであろう。
 また、見方を変えると地域包括ケアシステムは医療モデルからは病院・病床を中心とした社会システム作りと言える。
 そのことは「保健・医療・福祉」の具体的連携システムと言い換えることができる。そうであれば、医療が作り上げた地域対策の歴史を振り返ることで、今必要なあるいは今後あるべき地域に於ける医療と介護・福祉のネットワークシステムが見えてくるのではないか。



Ⅴ.〈医療の地域との関わりの歴史〉

 1.医療あるいは介護福祉が地域との関わりを有すことは当然のことではあるが、その意味で今回の「地域包括ケアシステム」は医療・介護を中心とした地域作りとも言いかえることができる。また、さらに2025年問題を乗り越えるための地域作りともいえる。
 このようなごく当たり前のことを、あえて言わなければならないのは医療が一時期、地域とは無縁の存在とでも言える位置に遠ざかったからである。
医療の歴史の中で、その医療を地域にとりもどす運動の歴史さえあるほどである。
 今回の「地域包括ケアシステム」の考え方も一面ではその運動の流れを受けている。よく言われる事であるが、「地域包括ケアシステム」のモデルは広島県御調町の公立みつぎ総合病院と御調町がつくりあげたシステムすなわち「公立みつぎ病院」「地域包括センター」を中心にした医療・介護・保健・福祉のネットワークシステムと言われている。この「みつぎ病院」のシステムは平成になってから型作られ今に至るが、これまでに民間を中心にした「地域医療」の実践の歴史が存在したのである。

 2.医療が地域を必要とした頃、あるいは地域が医療を必要とした頃
 かつて、村や町の開業医は往診カバンをもち、家々に往診するのが当たり前の風景でした。それが高度成長以降、診断機器あるいは治療行為の発達のためか患者は診療機関にくるのが当たり前になった。町や村の医者たちは当然、患者の地域生活、家庭生活を知り、それを前提として治療をしていたのである。当時、治療は当然のように地域を必要とし、地域にとっての生活は当然のように医療を必要としたのであった。
 今から、30~40年前当時大学の医局講座性に反対した医学生達は大学に反旗をひるがえし、その結果、活動の場を「地域」へと広げ、彼らは「地域医療の実践」と称し、地域医療活動に入った。それが新潟の「雪国やまと病院」の活動であり長野県の諏訪中央病院、あるいは京都掘川病院等の活動であった。彼らはその活動を通し戦前、あるいは戦後一貫して地域医療活動を永々と守り通してきた流れと合流する。それは岩手の健康運動であり、佐久中央病院の若月先生の活動だった。
 それは医療は地域から、あるいは地域に必要な医療の実践、それこそ医療活動であるとの確信を得るのであった。その結果、医療は地域創りに必要な項目であるとの認識が定着したのであった。
 その流れは当然全国的な広がりを見せ、その原動力となったのが「全国地域医療懇談会」の活動であった。その全国集会に集まった多くの医者を中心とした医療人たちの多くは地域の病院経営者たちであり、その病院経営の理念として「地域医療」を掲げたのであった。
 その会に集まった多くの医療機関は活動の場として病院を出撃拠点として地域に広くもとめたのであった。その結果、もちろん往診があり、訪問看護があり今でいう訪問介護があり、訪問リハビリテーションをも実践していたのである。
 また、地域活動として健康教室の開催等の予防活動、あるいは地域検診の実施等、介護保険の各サービスラインの活動を必要に応じ自然発生的に開始していたのだ。また、その実践を行う医療機関は必要に応じた活動ごとに地域になくてはならない医療機関と成長していったのである。今で言うと、それぞれに「地域中核病院」として成長していったのであった。

 3.介護保険の制度開始期
 昭和から平成に変わる頃、国は21世紀の少子高齢化社会を見越し、財政面からの必要性から医療保険に加えて介護保険制度の運用を開始した。その結果、介護あるいは福祉そのものの概念に変化をもたらしそれまでの行政からの施しである「措置制度」から個人個人の責任を前提とした・契約を前提にした制度への変化であった。
 「介護は産業である」との合言葉にして介護福祉領域にも新たな風が吹き始めたのであった。訪問看護ステーション、訪問介護ステーション、通所リハビリテーション、通所介護事業所等など、各種事業が成立し始めた。だが、その機能は以前に地域医療の実践者たちがその活動性から作り出してきた型を踏襲したのだ。その結果、先に活動を開始した地域医療の実践機関は地域中核病院の役割と介護保険各サービスラインの中心的役割をもつのは当然のことであった。

 4.複合型組織のついて
 日本福祉大教授の二木立氏はそのような医療機関を保健・医療・福祉複合型病院経営モデルと名付けた。介護保険制度を政策化していく原型となったのは1989年の「高齢者保健福祉推進10カ年戦略(ゴールドプラン)」により、行政から医療の連携と統合の一環で提唱されこれを元に介護保険制度が導入され複合組織が生まれるにいたった。先に記した民間主導の地域医療の実践集団の結果は当然、行政は必然的に介護保険の推進母体として位置付け介護保険の稼働部隊と位置付けるにいたった。これは一つの母体となる法人が単独、もしくは関連する法人とともに医療施設を開設し、保健・福祉施設を併設する集団として定規し具体的には「病院」「老人保健施設」「特別養護老人ホーム」の三つを想定しそれを複合体モデルとしたのであった。介護保険制度が稼働後は、その複合体モデルが通所介護事業所等の介護保険サービスラインを複数有することは当たり前のことであった。
 この複合体モデルは、関連系列組織あるいはグループ、チェーン等と呼ばれ全国の関連機関の中軸を担うに至っているのが現状である。  これは保健・医療・福祉といったヘルスケア関連部門への相互乗り入れによる経営の合理化と患者の囲い込みである。また当然、地域に立脚した産業故に同一地域のヘルスケアの中心組織として位置するのであった。このことは2025年問題を考えていく上で財源の合理性、統一意志の実現を考えるとモデルとして位置付けられるのは当然のことであった。このことが現状であり、それを受けて時代は国からのかけ声に応じ現在各自治体にて計画、あるいは実践に入りつつあり、その結果が寝ても覚めても「地域包括システム」のオンパレードなのであろう。 それは大別すると2種類に分類できる。ひとつは記してきた「複合体」を中軸としたそれであり他は独立した各事業者間、施設内のネットワーク中心のそれであろう。その代表が地域医師会のネットワークあるいは社協を中心としたネットワーク等である。そしてその傾向は、土地代や人材費が高くつくため大規模な複合体の事業展開を困難とする大都会を除いて、当然地方にあってはシステムの中心は「複合体組織」が担うのが目立ってきている。それが不在、または地域的に力を持ちえない複合組織の存在する地区に於いては、地域の包括支援センターを運営している地元の医療か福祉法人が中心となるか地域医師会が中心を担うのが現状である。
また、大都市にあっては中心を担う組織不在の地域が多く、現実的にまた、実質的に連携を要求され実現が問われる包括システムは必然的に「行政主導型」にならざるを得ず、現況としては絵に描いたもちの域を出ていない。



Ⅵ.〈私どもが地域包括システムの中で何ができるのか〉

地域包括システムはシステムというよりネットワークであり、したがって型が決まっているわけではなく生活地域における医療・介護の具体的な道筋であり生活スタイルを強制することにもなりかねないネットワークシステムであると言える。
よって、先にも記したが我々の地域包括ケアシステムはその地域に於ける声の大きな人、集団が中心となり作り上げる結果を生むことが想像できる。だからこそ今我々は自身の医療行為があるいは介護行為・福祉活動行為が社会に対し、地域に対しいかなる位置をしめ、いかなる役割を担うかの自己点検を必要としそのうえでネットワークへと参加する必要があり、必要に応じ自身の活動を社会的に役立たせる為にシステムを作りかえることさえ必要となることであろう。



Ⅶ.〈地域包括ケアシステムの実際は〉

 1.先に地域包括ケアシステムはシステムよりもどちらかというとネットワークに近い概念であり、そうであるが為に型が決まっているよりも各地域それぞれの地域性に合わせたネットワークとなるのが必然と記してきた。その為、各県各市町村あるいは各地区によりその型が作られそれが有用性を持つのである。従ってそれは一番大きな声の持ち主が、あるいは組織が中心となりネットワークが作られていくのであろう。かつ、「地域包括ケアシステム」と「医療サービス提供体制改革」とが一体となった体制改革作りのために、当然医療モデル改革に包括された介護・福祉改革となるのが当然の帰結となるのである。
 そこで、私は先に土地代あるいは人件費の高い大都会では中心となる医療機関等が形成しづらく必然的に各種医療・介護・福祉の機関を結ぶ医師会、社協等の各機関が中心となりそれは応々にして行政指導型になりがちであることが予想される。また、地方にあっては先に記した「保健・医療・福祉」が自己組織で自己完結している「複合型組織」を中軸として秩序が作られやすく、それを中心にしたネットワークが、その地域あるいは地区の「地域包括ケアシステム」と呼び変えられることも予想される。また、介護保険制度開始から10ヶ年はその間に医療機関、特に開業医にも変化を生じた。地域の中心医療機関は先に記した「総合病院的機能」を「複合型医療機関」に変化させ、それを地域の医療・介護・福祉の中軸を担うと整理されつつあるが残された開業医も大小の差は別として、ほぼ、医療と介護保険のサービスラインを有すことになった。このことは地域にあって、今後の「地域包括ケアシステム」の実際は医療機関を中心にしてあるいは医師会をネットワークの中軸にして進むことが容易に想像できることなのである。

 2.キーワードは「連携」である
 地域包括ケアシステム作りの現実が始まっている。今日も私の手元に老施協より研修会のお誘いが届いている。「区単位の在宅医療・介護に関わる多職種連携研修会」との課題である。プログラムとして地域包括ケアシステムと連携との題の講演の後はグループワークとして「医師との連携を考えよう」とのことである。このような集会が今、全国で行われているのであろう。たしかに、「地域包括ケアシステム」はこの連携のあり方に尽きると思う。だからむずかしく、且つ地域にあって利用者・患者・住民のためになるネットワークが作られるのもこの「連携」の内実にかかっているのだ。
 地域包括ケアシステムは必然的に同一機関でない、他の機関のしかも同じ福祉領域とは言え、業種の違う機関の実質的連携を前提としている。従って他職種連携がともなうのである。とりあえず、今地域包括ケアシステムを創りあげていく最大ポイントはこの点であろう。なぜならば、2025年問題が大問題でありかつ、2025年に向けた行程が国から示されその実際を創りあげるのは各自治体であり、各地域であるとの今の現実は応々にして行政が創りあげたスケジュールに則って、行政が創りあげた枠を地域に下ろし実施しがちであり現実的に全国で行われつつある。それは地域包括ケアシステムの理念とは違い、上からのシステム作りに終わるのは見えている。その結果は医療機関内の狭い治療システムをそのまま地域医療システムとして広げ、結果的に声の大きい医師の指揮命令秩序で地域全体が型作られ、それをもって「地域包括ケアシステム」であると言えるようになる。そこには当然、他職種連携という言葉を伴いながら、内実は福祉サービス、介護サービスの担当者達を医療系サービスやその担当者達の指揮命令を受ける存在として位置づけ、あたかも医療機関内に於ける治療、現在の組織形態が地域に広げられ、それが「地域包括ケアシステム」であると固定されるおそれが今は常にあるのだ。
 
3.おわりに
たとえば私の手元に職員が研修に出かけた時の復命書がある。
「平成25年度熊本地域リハビリテーション支援協議会総会特別講演」
演題「地域リハビリテーションの重要性と実情」
継続したリハビリを住み慣れた地域で提供していくために医療の専門分化や分化したものを繋ぐための連携パスが展開され、その結果急性期、回復期の充実は進んだが生活期のパスはまだである。その理由として生活期では介護保険が主体となり医療リハビリを提供している施設は皆無に近い」と演じ、これに対し研修参加の職員は「当施設を含め自立支援介護を実践している施設は多くあるし、効果が表れている症例も多数あるにも関わらず問題点に列挙されていることはまだまだ医療従事者にも周知されていない印象をうけました。」と記している。
 このことなのである。このような距離感では他職種連携はほど遠いのである。「地域包括ケアシステム」の根幹は生活圏域における医療・介護・福祉に関わるネットワーク、それも高齢者に対するサービスネットワークである。だから、他職種といってもお互いに顔が見える間柄を作ることが可能であり、それがすべての前提ではないか。
 だが、現在のシステム作りの過程を振りかえると先に記した上からのネットワーク作りになりかねないことを私は危惧している。だからこそ、私どもは先に語ってきた自立支援介護施設としての自立度を深め、その主張、あるいは役割を地域的に明確にすることで他施設、他職種の人たちとの連携を深める作業に着手していきたい。

    

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  5. 2016.04.28  災害対策本部解散
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