災害対策本部解散

お知らせ

 本日をもって社会福祉法人 陽光 特別養護老人ホームみかんの丘の災害対策本部を解散いたします。
 おかげさまで、当施設の人的・施設面における被害もありませんでした。だが、2度にわたる激震はやはり熊本城を中心にした熊本市、益城町などに相当のダメージを与えました。その地域に居住していた職員は車中生活を強いられた人も多数にのぼりました。対策委員会はそれらのスタッフ対策並びに緊急のショートステイの要望が数多く寄せられ、私どもで可能な限りの要望に応えました。しかし、その力にも当然限界があり「はがゆいおもい」をした事も事実です。
 そして直接的な被害を免れた私どもは被災地の窮状を直接みたり、聞いたりし、あそこに物資が不足していると聞けば、何とか行き渡るようルートを見つけ配ってまわりました。
 それも一段落し、現状は添付したスタッフの日常報告でご想像頂けると思いますが、日常に戻りつつあります。
 私どもの組織にとって今一番大切なのは一日も早くの日常を取り戻す事だと思います。利用者と皆様にとってそれが一番なことだと判断しました。
 確かにスタッフの日常生活、ならびに被災地の日常の安寧をとりもどすにはまだまだ時間と様々な課題が山積みはしております。
 今、私どもは利用者の日常が戻ったこと、ならびにスタッフあるいは地域の処理すべき課題が明確になったことでこの臨戦体制を解くことにします。あすから通常の組織体制に戻します。
 しかし、まだ余震が続いています。また、益城町、南阿蘇の被災地の状況はいまだ悲惨です。まだ約4万人の人達が避難所生活を強いられています。この状況に対し、私どもができることは何でもやるつもりです。
 また、第3の地震の揺れがくるなど、緊急体制が必要となれば、即座に対策本部の再建を致します。
 とりあえず本日をもって災害対策本部の解散と通常体制にもどすことを皆様に

お知らせ申し上げます。

 

2016年4月27日

災害対策本部長 金澤 剛

 

Ⅰ.〈災害対策本部スタッフアンケート〉

<アンケート質問>
1、現在の(本人・家族)避難状況は?(自宅、夜のみ車の中、避難所等)
2、自宅は断水中ですか?(通常どおり、断水中、少しではあるが出ている、出ているが濁っている)
3、その他、困っていること等ありましたら記載してください。


<アンケート回答>
通常とおり・・・約26名

他:
1.自宅
2.おそらく、0時から6時くらいに断水
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1.打越アパートから、玉名市横島に引っ越し中、横島の自宅
2.ボーリングなので、問題なし。
3.引っ越しの手続き(アパート解約、住民票の移動)、等が、すすんでしないので、徐々に行っている。
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1.自宅、子供は大阪から戻ってきました。自宅に嫁の実家(6人)と一緒です
2.4/25から出ているみたいです
3.通行止めがあり出勤時間・帰宅時間に時間がかかる
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1.自宅です。
2.水圧が弱いが、生活に支障はありません。
3.特にありません。
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1.自宅
2.出ているが水圧がやや弱い
3.ガスが止まってます
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1.自宅
2.通常どおり
3.近隣で営業しているスーパーがまだ少なく、離れた店舗に足を運んでおり、食料の調達に多少不便を感じている。
他特になし。
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1.自宅
2.少し出ている。濁りなどはなし。
3.水が少ししか出ない時にお湯が出ずお風呂に入れない。食料の調達が難しい。
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1.自宅にいます。
2.出ているが濁っている。
3.特になし。
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1.家族3人自宅で生活。
2.通常の半分の量が出ている。濁り、臭いなど無し。
3.余震による家屋の揺れで多少睡眠不足。
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1 .通常通り
2.夕方からほぼ出ない
3.特になし
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1.自宅
2.少しではあるが出ている。
3.特になし

自宅にいます。車も修理終わりました。
水は25日出ました。水飲みでお湯は出ません。水も出るけど途中止まります。
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1.自宅にいます。
2.少量ですが出ています。
3.特にありません
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1.自宅
2.少し出ている
3.洗濯ができません
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1.自宅です
2.水は、チョロチョロ出ます
3.ガスが出ません
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1.北区の自宅と玉名の実家を行ったり来たりしてます。
2.北区の自宅は水はでますが、良く見ると濁ってるような…といった感じなのであまり使っていません。
3.休みや夜勤前後の時間も玉名へ引っ越すため、自宅の片づけをしながら荷造りをしたり、妻が入院中の為、病院
へ通ったりして休める時間がほとんどない。趣味の時間が取れなくなってストレスが溜まり熱発。

Ⅱ.〈仲間達へ(ありがとう)〉

 4月14日の突然の揺れから12日目、ようやく感謝の意を書くことができます。励ましの言葉、心配のメール、心からの救援物資の送りもの、ありがとうございます。

◎古い仲間、それも20年ぶりの見舞いの電話、そして熱海在中の古くからの友人は第一波の地震の翌日、町中を走り回って水、米、缶詰、塩、紙コップなど、まるで我が身が災害に遭遇したかの如くの配慮された物資を送り頂き感謝、感謝。

◎つい先日、大阪ではじめてお目にかかった社会福祉法人 理事長はさっそく心配のメール。感謝。

◎自立支援介護の仲間達からは予想される交通渋滞をも、ものともせず、福岡から米を自ら運んでいただく。感謝。

◎また、先に記したように多量の物資をいち早く送っていただいた東京の消費生活協同組合の皆様には・・・感謝。

◎グループ本部はグループ各事業所からの物資をいち早く系統的に送達いただき深く感謝。

◎当初まったく不足し、困り果てた時の天の水の如き、飲料水を運び込んで頂いた厨房業者の方にこれも感謝。

◎遠く関西の地から水、介護用品など多量に送り頂いた自立支援介護の仲間に感謝。

◎避難生活に不足しがちな野菜(なす)を多量に運び込んで頂いた地元農協に感謝。

◎東京からの多量の物資を福岡の中継ポイントから熊本のみかんの丘、さらには不足している介護施設まで運んでいただいた運送業者の方に深く感謝。

◎また、見ず知らずの多数の人達から「何か送るもの、何かやること」ありませんかとの申し出。なによりもの励ましになりました。

 普段、人から心配されたり、同情されたりすることが皆無の小生はなにか「むずがゆい」気をしながらも、ほんとうに感謝の連続の日々でした。おかげさまで当施設の利用者ならびに施設そのものには直接的な被害はなし。先に記したように、スタッフの住居が一時的に使用不可になったのが多数出て、そのスタッフのそしてスタッフの近所の人達の物資として使わせて頂きました。
 また、たしかに益城町あるいは熊本城を中心とした市内、阿蘇地方は甚大な被害に見舞われ、なかなか必要な施設人に必要な物が行きわたらず、物資が不足していると聞けばなんとか直接そこに運び込む作業に終始し、頂いた物資をなんとか直接あるいはその入り口に運び込むことができました。
 このことを報告することが皆さまのご意志に応えることと思い、とりあえず報告させて頂きます。
 なお、少し落ち着き静けさが戻りましたら、現状を整理し報告するようにします。

 ありがとうございました。


Ⅱ.〈お礼ならびに報告〉

お礼ならびに報告

平成28年4月26日

パルシステム生活協同組合連合会

代表理事長 石田 敦史 殿

社会福祉法人 陽光
理事長  金澤 剛


 突然のことでした。平成28年4月14日21時26分、熊本県益城町を震源とする震度7の地震、そしてその2日後の本震と言われる、前により増した激しい揺れ、そして今日まで900回を超える余震。この様な状況が熊本です。
 私どももそうでありましたが、九州の人達の過半は地震の備えがないことがこの10日間ぐらいの時間の中で見えてきました。経験がなかったのです。
 地震は関東のこと、東北のこと、あるいは神戸のことと心の中で思っていたようです。政府が南海トラフ地震対策として様々な施策を講じていますが、又、私どももそれに対する対策など検討は当然していましたが、又、いつかあの東北の災害のような事が近々襲ってくると口では言っていましたが、なぜか実感とは程遠い出来事として語っていたようです。
 関東ではごく自然にいわば常識となっている「揺れたらまず机の下に」の初動さえとることができなかったのはほぼ全員であったようです。あまりの経験のない突然の揺れに、又、地震の迫力に驚かされ身体が動かなかったのでしょう。こんな状況から出発しました。そしてやむことのない余震。
 私どもの施設はおかげ様で利用者や施設に直接的被害は有りませんでした。ただ、熊本市内等の震源地に近く居住しているスタッフは、家・部屋の被害と続く余震のため車の中での生活を強いられたものが多数いました。初震後、12日経過した今日は私どもの施設は日常を取り戻しつつあります。さて、今回、貴団体から善意のかたまりのまた、多大の緊急物資は以下の図のように緊急に配布させて頂きました。


 上図のようにご支援いただいた物資は配布終了致しました。震災直後よりの敏速な物資支援、本当に助かりました。
 私どもみかんの丘はグループ事業所からの物資支援、ならびに幸運なことに益城、南阿蘇あるいは熊本城を中心とした熊本市内に比べて被害が少なくそれよりも支援の手が及ばない地区、施設が多々あると聞き、可能な限り少しでも行き渡るよう、私どもの微力な情報網など駆使して分配してみました。おかげさまで物資を必要とする所、人に届いたと思っております。まず何よりも貴団体の迅速なご手配に何よりも感謝します。ありがとうございました。
 とりあえずご支援いただいた物資の配布が完了した事をお知らせ申し上げます。まだ余震が続いているようです。また、長引く避難生活が予測されます。しかし、何とか私どもに出来ることを考えながら、この突然の事態から発する課題に対処し、1人でも一日でも早く安心な日々を送ることができるようスタッフ一同うごいていこうと思っています。協力して頂いた皆様に深くお礼の意をお伝え頂ければ幸いと存じます。
 後日、お礼を含め事態の報告をあらためてさせて頂きます。


お礼ならびに報告

平成28年4月26日

社会医療法人 青洲会

理事長 中村 幹夫 殿

社会福祉法人 陽光
理事長  金澤 剛


 突然のことでした。平成28年4月14日21時26分、まったくと言っていいほど経験のない激震でした。それも私どもの、あるいは世の常識を覆し、二度目の激震が前よりも数段激しい揺れで襲ってきました。それもわずか2日後の4月16日1:25でした。
 これが本震であると後に気象庁から発表があったほどです。私どもは口では合言葉のように地震対策あるいは政府の南海トラフ大地震対策の強化をとの呼びかけに何とか答えようと準備をしなければと思いつつありました。
 だがしかし、現実は関東の、東北の日本の常識として定着している「揺れたらまず机の下などにもぐり身を守る」との初動をとれたものはほぼ皆無でした。それぐらい現実の地震とは縁遠かったのです。経験がなかったのでした。それが現実の揺れの激しさ、地震の迫力に驚かされ身体が動かなかったのでした。
 おかげ様で私どもの施設は直接的な被害が利用者にも施設にも有りませんでした。ただ、熊本市内等の震源地に近く居住しているスタッフの多くは、家・部屋が揺れで住むことができず、また長引く断水、はたまた発生後12日目で約1000回にも余震に対処するため自家用車で寝泊まりしながらの出勤でした。このような状況の中、青洲会本部を中心とした、様々なご支援、ほんとうにありがとうございました。まだ余震が続いてはいますが南阿蘇、益城の震源地の惨事を見るにつけ、また当施設も対応を強化する必要を感じてはおりますが、まずは迅速な対応に深く感謝いたします。
 ありがとうございました。
 とりあえずのお礼と現況の報告をさせていただきます。

以上


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  2. 2017.01.06  「自立支援介護」が介護の概念となるのか NEW!
  3. 2016.10.20  介護の領域を確定、そして向上させるのが私どもの仕事である
  4. 2016.07.26  一般社団法人 国際介護人材育成事業団を設立いたしました
  5. 2016.04.28  災害対策本部解散
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  7. 2015.12.11  2016年の準備のために
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